今年も残り少なくなりましたね。
子供も冬休みに入り、今日が習い事納めでした。
今日のブログはもしかしたら読んで不快に思われる方がいらっしゃるかもしれませんけど、モヤモヤした気持ちをすっきりさせるために書いてみようと思います。
タイトルの通り、「義父母からのお年玉問題」です。
もちろんさぴこへのお年玉じゃないですよ。
子供へのお年玉です。
子供が入学前まで義父母からのお年玉はなかった
親戚が少ない我が家、うちの子供は小学校に入学する前まで、両親以外からは私の母からだけお年玉をもらっていました。
私の母は1歳から1万円づつお年玉をくれていて、ずっと子供の名義の通帳に貯金してあります。
年によってはダンナの伯母さんからも2千円づついただくことがありましたので、それも一緒に貯金していました。
今では子供がその口座にお小遣いの中から少しづつ貯めています。
子供が小さい頃は親からはお年玉といって硬貨の入ったポチ袋と欲しがっていたおもちゃを渡していました。
義父母からは伯母から預かったお年玉を受け取ることはあっても本人たちからのお年玉をいただいたことはありませんでしたが、子供が小さなうちはお年玉をもらっても子供が自分で使うわけでもないし、ということであまり深く考えていなかったのです。
入学後ダンナが義父母にお年玉を催促
小学校入学後の初めてのお正月、子供の通う学校でもお年玉の話題になったりしていたようで、冬休みに入った子供がお年玉が楽しみだという話をしていました。
私達からと私の母からは毎年もらっていましたが、義父母からは多分ないと思ったのか、その年の年末はダンナが義父母に催促したのです。
「子供ももう小学生なんだからお年玉があってもいいんじゃない?これから送ってもらっても間に合わないからお年玉はこちらで準備して渡すから」
ということで我が家でポチ袋を準備し、義父母からということでお年玉を渡しました。
お年玉の袋が増えて子供は喜んでいましたけど、その時からさぴこはずっと複雑な気持ちだったのです。
お年玉を催促するなんて、と。
頂き物というのは催促をするものじゃないですよね。
年末年始に義父母は仕事があるので帰省もしていないですし。
でもダンナの家のことだしとダンナにまかせようとその時は思ったのですが、年明けにお金の入った現金書留が家に届いた時にはなんだか違うような気がしたのです。
昨年はクリスマスの少し前、お菓子の入ったクリスマスブーツと一緒に義父母からポチ袋に入ったお年玉が届きました。
それもダンナが義父母との会話の中でそろそろお正月だけどお年玉どうするというような内容を話した数日後です。
元旦にみんなのお年玉と一緒に渡したのですが、やっぱりさぴこはモヤモヤしたのでした。
今年は催促しないでとお願いした
今年はダンナに義父母へプレゼントやお年玉の催促はしないで、とお願いしました。
ダンナは自分の親からプレゼントやお年玉のことは言ってくれと言われているからと話でいましたが、それはちょっと違うんじゃないかと思ったのです。
プレゼントやお年玉って、気持ちじゃないですか?
子供のことを考えて義父母が用意してくれているものであればどんなものでも喜んで受け取りますが、催促をするという行為がどうしてもさぴこ的に納得できなかったのです。
決定的になったのはこの出来事。
実は今年の子供の誕生日は義父母を呼び、普段あまり行かないレストランを予約してみんなでお祝いしました。
その際義父母には子供の欲しがっていたものをプレゼントしてもらいましたが、その分、こちらも相応のおもてなしはしていたつもりだったのです。
が、そのレストランでの食事中、義父にレストランの料理がたいしたことない、なんでここにしたんだ、自分はもっと美味しいところで食べていたというようなことを言われました。
もちろん義父母からそのレストランの料金はいただいていませんしいただくつもりもありませんでしたけど、まさかそんな風にいわれるとは。
好き嫌いの多い人でも食べられるメニューで、子供が好きなメニューがある場所ということで一生懸命探したお店でした。
なので本当にがっかりしてしまったのです。
そして義父母はそのレストランで、子供に
「もうすぐクリスマスもお正月もあるからいいね。プレゼントになにか欲しいものを考えておきなさい」
と言いました。
多分またダンナから催促がくるのだろうと思ったのでしょう。
最初は義父母へ催促しなければわからない人たちなのだから連絡するといっていたダンナも、今回はさぴこのお願いを聞いてくれました。
もし義父母側から話がなければそのままにしよう、と。
そしてクリスマスも過ぎ、もうすぐお正月ですが予想通りの結果になりそうです。
レストランでは子供にクリスマスプレゼントを送るといっていた義父母ですが、ダンナからの催促がなかったからなのか、今年はなにも送られてきませんでしたし電話もありませんでした。
きっとお年玉も送られてくることはないでしょう。
でもそれでいいと思っています。
義父母は自分の子供である義姉には車をはじめいろいろと物を購入しているようですから、孫にはそういう気持ちにならないだけなのかもしれません。
子供の気持ちはを考えると、ちょっと複雑ではありますけどね。
する気がないなら子供にプレゼントの約束はして欲しくなかったかな、とは思います。
子供が義父母に手紙を書いても連絡なし
もやもやしていたのはお年玉やプレゼントのことだけではないのです。
子供が小学1年生の頃、義父母に手紙やクリスマスカードを出したことがありました。
手紙は学校の授業で一生懸命時間をかけて書いたもので、できればお返事を書いてあげてくださいというメッセージが下に印刷された用紙で書かれたものでしたが、ついたという連絡もなくお返事ももちろんなし。
手紙とまでいかなくても電話の一本でもくれたらと思いましたが、それもありませんでした。
その後手書きの絵をいっぱい描いたクリスマスカードを送りましたがそちらもお返事なし。
子供がもしかしたら届いていないのかも、というのでダンナが確認したのですがちゃんと届いていたみたいです。
こんなふうに書くとどんな嫌な人なんだろうと思われる方もいるかもしれませんが、義父母はとてもいい人たちなんです。
子供も義父母のことが好きですよ。
モヤモヤしたものが残ることも多いかもしれませんけど、でもいい人たちなんです、本当に。
これが話すのも嫌になるような人ならいろいろ割り切れるのですけれども。
子供の行事に見に来て欲しいといえば来てくれますし。
だからなおさら困惑してしまうのかもしれません。
気持ちがこもっているかどうか
ダンナ不在の食事時、今年はクリスマスの日に義父母に電話しなかったねと子供に言われました。
今年も季節のご挨拶くらいすればよかったかもと思いましたけど、時期的にまたクリスマスプレゼントやお年玉の催促に思われるのも嫌だったというのがあり、連絡しなかったのです。
多分このままダンナがお年玉の催促をしなければ義父母からのお年玉はないでしょう。
子供はお年玉を楽しみにしているので、さぴこが変なことを考えずに義父母のことはダンナに任せればよかったのかもしれませんけど、どうしてもモヤモヤが残っていたのですよ。
子供にとって義父母からもらえるはずだったものがもらえなくなってしまうということは不利益かもしれませんけど、一番大切なのは気持ちだと思うのです。
旦那からは言われないとわからない人達だからといわれても、やっぱりさぴことしてはやっぱり違うと思います。
500円玉1枚でも相手のことを考えてくれているお年玉と、たとえ1万円でも催促してもらったお年玉とでは違うんじゃないかと。
自分のことを考えてくれる人の存在のありがたさを感じられるのが「贈り物」だと思うのです。
気持ちのこもっていないものをもらっても子供のためにならないような気がするのですが、こういう考え方って、おかしいのでしょうかね。
おわりに
こんな話をできる人もいないので、ブログで吐き出してしまいました。
お年玉をもらうもらわない、なんて話題はとても下品で他の人に話をできるような内容じゃないですからね。
といいつつブログに書いちゃったのですけど。
親戚の少ない子供にとってお年玉をもらえる存在は親のほかには祖父母しかいないので、その祖父母の片方からお年玉がないのは子供にとっては寂しいことかもしれません。
ダンナの姉である伯母さんも一応いますけど子供が生まれてから今まで一切交流がないですから。
周りに子供のいる親戚がほとんどいないのです。
核家族化、しかたがないとはいえちょっと寂しいですね。
その分、親である私たちもお年玉をあげる相手がいないので出費が少ないというメリットはありますが、お年玉をあげる相手がいないのもそれはそれで寂しいことです。
今まではダンナとさぴこで1枚のポチ袋にいれて渡していたお年玉ですが、今年は2つに分けてみようかしら。
今日はさぴこの愚痴に長々とおつきあいいただきましてありがとうございました。
もし、この記事で不快に思われた方がいらっしゃいましたら心よりお詫びいたします。
お許しくださいませ。
それでは!!