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アラフィフさぴこのなんでもない毎日の暮らしの雑記帳


繁忙期の残業上限が月に100時間?上限とはいえ過労死レベルの残業時間を国が認めていいのだろうか

日本の「労働」はなぜ違法がまかり通るのか? (星海社新書)

 

繁忙期の残業上限が月に100時間というニュースが出ていました。

 

残業時間の上限を原則「月45時間」「年間360時間」と法律上で規定した上でとのことなのでしょうけれど、結局は36協定を結ぶ事によってこんな法律は意味がないものになるのなら原則なんて必要ないじゃないですか。

 

しかも繁忙期とはいえ上限規制が月100時間ってなんですかね、ブラックジョークですか?

 

今日のブログはちょっと暗い内容も含まれていますので、ネガティブな内容が苦手な方はご注意くださいませ。

 

 

 

厚生労働省が定める過労死ラインが上限?

 

労働災害である「過労死」と認定される労働時間の目安となっている過労死ライン。

 

厚生労働省の基準による過労死ラインは「発症1か月間に100時間を超える時間外労働」又は「発症前2~6カ月間に1か月あたり約80時間を超える時間外労働」となっています。

 

それでなくても研究によって月に60〜80時間の時間外労働によって脳や心疾患のリスクが非常に高くなるという研究もあるのです。

 

そんな過労死ラインを繁忙期とはいえ黙認する形にしようだなんて。

 

国が制度として残業上限を定めることにより、これまで制限未満としていた会社も上限ギリギリまで可能だという認識を持つ可能性もあるというのに、あまりにも無神経すぎるのではないでしょうか。

 

悲しい話

 

昔勤務していた会社でも過労死がありました。

 

悲しいことで、今思い出しても胸が痛くなります。

 

長期出張が続き、出張先でも激務で残業が日常化していたので体力が落ちていたのでしょう、出張から自宅に戻った当日に高熱を出して自宅で倒れて入院し、そのまま帰らぬ人となってしまいました。

 

子供はもうすぐ小学生になるという時です。

 

どれだけ心残りだったことか。

 

かなり昔の話ではありますが、残された奥さんとお子さんの姿が今でも目に焼き付いています。

 

 お通夜と告別式は会社側で準備をしましたが、その際の遺族の方々の怒りは会社に向けられ、遺族の挨拶の際も奥様は挨拶をできるような状況ではなかったために、お父様が泣き叫びながら、会社の対応についての不満を述べていらっしゃいました。

 

この件は結局、長期出張中であったことや会社と遺族とのいろいろな話し合いの末、労災にはならなかったようです。

 

亡くなる少し前まで、同じ会社で、普通に笑って、普通に話していた人が突然いなくなる。

 

もし体調が悪い時に無理をしていなければ、そして周りの人が気がついてあげられていたら、こんな不幸なことにはならなかったのかもしれません。

 

会社だけではなく、その場にいたみんなの責任もあると痛感しました。

 

 

 

脳出血で倒れた元同僚

 

以前、元同僚が入院したという知らせがきました。

 

会社で倒れて、そのまま救急車で運ばれたとのこと。

 

しばらくICUで生死をさまよっていたのですがなんとか生還し、マヒは残ったけれど命は助かったということでした。

 

元同僚が転職した会社もかなり忙しく、ちょうど繁忙期ということもあって残業が続いていたのだそう。

 

その日も最終電車で帰って仮眠してから始発で出社したらしいのです。

 

朝会社に出社した人が倒れているのを発見したそうですが、元同僚は独身の一人暮らしでしたので、自宅で倒れていたらおそらく手遅れだったでしょう。

 

この元同僚、まだ40歳です。

 

まだまだこれからの年齢なのですよ。

 

自分がいなくても会社はまわる

 

私も会社に勤めていた頃、自分が行かなければ大変なことになるとか、業務がまわらなくなると考えたことがありました。

 

でも、実は自分がいなくてもなんとかなるケースがほとんどなんですよね。

 

周りの人には甚大な迷惑をかけてしまうようなことになるかもしれませんが、人がひとりいないだけで会社がまわらなくなるということはないんです。

 

個人で仕事をされている方や命を預かる医療関係の方ですと、なかなかそうはいきませんけれどね。

 

海外の会社とも仕事をしたことがありますが、平気で担当者が1ヶ月バカンスでいないから話は1ヶ月後に、となったこともあります。

 

日本では考えられないことですけれど、バカンスでいないといわれたらじゃあ仕方がないって思える文化ってすごいなと思いました。

 

そしてその人がバカンスでいなくても、他の部分に関してはきちんと会社が動いているのです。

 

そんな海外の人がこの残業上限が月100時間にしようとしているという話を見て、どう思うのでしょう。

 

これ以上犠牲者を増やしてはいけない

 

過労死という、悲しい犠牲者をこれ以上増やしてはいけません。

 

もしすぐに身体に症状がでなくても、残業を慢性的に続けている身体にはいろんなダメージがたまるのですから、その分命を削って働いているのと同じことなのです。

 

であれば残業の割増賃金を今の倍にする等、企業がそれでも仕方がないと思える場合にのみ残業させる等にできないものなのでしょうか。

 

仕事によってはどうしても繁忙期があり、その時期だけはどうしても勤務時間が長くなる場合ももちろんあるでしょうけれど、人員が閑散期に合わせて採用されているからではないかと思う事があります。

 

繁忙期に合わせて採用すると、閑散期には暇になるから会社としては損であるという考えがあるからなのでしょう。

 

残業の割増賃金が高額になれば、1人採用を増やした方がいいという判断も出てくるかもしれません。

 

もし繁忙期に合わせた人員を配置できたら、閑散期にはそれぞれが休暇を使ってリフレッシュしたりすることもできるようになるでしょうし。

 

もう日本人という駒は限られています。

 

これから爆発的に増えるという望みはほとんどありません。

 

高齢化とともに労働人口がどんどん減っていく世の中に、過労死で貴重な命が失われることほど、もったいないことはないのです。

 

 

 

みんながたのしくすごせる世の中に

 

子供はまだ小学生。

 

子を持つ親として、これからの子供達が少しでも悲しい出来事に巻き込まれないような世の中になって欲しいのです。

 

少しでも明るい未来を目指してもらいたい。

 

働いて寝るだけの生活をしなければ生きていけない世の中にはなって欲しくないのです。

 

仕事をして、趣味を楽しんで、美味しいものを食べて、十分な睡眠を取る事ができる、そんな当たり前の生活ができる世の中になっていて欲しい。

 

そう願わずにはいられません。

 

残業上限を100時間にといっている方は、自分の子供にもそれだけの仕事をさせたいという人たちなんでしょうかね。

 

おわりに

 

今日はちょっと暗い話になってしまって申し訳ありません。

 

今年に入ってから残業の上限についてはいろいろとニュースになっていましたが、まさかこのまま100時間で決まってしまう事はないだろう、そこまでバカじゃないだろうと思っていました。

 

そして、残業時間の上限をいくら定めても、違法派遣や偽装請負などまだ抜け穴がいっぱいありますから問題は山積みです。

 

今の勤労世代が声をあげていくしかありません。

 

次の世代に少しでも明るい未来を夢見てもらうために。

 

以前読んだこの本、もう一度読んでみようと思います。

 

日本の「労働」はなぜ違法がまかり通るのか? (星海社新書)

日本の「労働」はなぜ違法がまかり通るのか? (星海社新書)

 

 

いつもとちょっと違う雰囲気のブログになってしまいましたが、過労死という不幸な出来事をこれ以上増やさないために、どうしても言いたかったのです。

 

こんなさぴこのひとりごとに最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。

 

それでは!